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盛岡地方裁判所 昭和36年(行)8号 判決

原告 小野寺なつよ

被告 夏川沿岸土地改良区 外一名

主文

原告の被告夏川沿岸土地改良区に対する訴を却下する。

原告の被告小野寺守雄に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告夏川沿岸土地改良区との間において、同被告が昭和三四年三月一二日被告小野寺守雄に対し岩手県西磐井郡花泉町涌津字西谷地一七番の二田七畝二四歩についてなした換地処分は無効であることを確認する。被告小野寺守雄は原告に対し、前記土地につき昭和三四年一〇月一〇日盛岡地方法務局涌津出張所受付第一、〇七〇号をもつて換地処分による登記として転写した甲区順位一番の同被告名義の所有権移転登記事項の抹消登記手続をせよ。被告小野寺守雄は原告に対し、金三一、二九四円及び内金一六、八五三円に対する昭和三五年一月二一日より、内金一四、四四一円に対する昭和三六年一月一日より夫々完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告及び被告小野寺は被告夏川沿岸土地改良区の組合員である。被告土地改良区は昭和二九年頃から岩手県西磐井郡花泉町涌津の内谷地々区内の土地改良事業を施行したものであるが、同年五月四日右施行に際し前記地区に属する原告所有の同町字西谷地三八番、一、田四畝八歩、同所一七番、一、田六畝二六歩、同所一六番の一、一、田四畝一一歩、同所一六番の二、一、田六歩、同町字台一一〇番の四、一、田一畝四歩、同町字中田二二番の二の一、一、田三畝二二歩、同所二二番の二の二、一、田八歩、合計七筆二反二五歩の田に代るべき一時利用地として請求趣旨記載の土地(但し当時の仮地番及び仮地積は字内谷地一二番、七畝二七歩であつた、以下本件土地という)外二筆及び苗代一畝歩、合計二反七畝二一歩の土地を指定したので、原告は爾来これに基き昭和三四年五月頃までこれらの土地を使用収益してきた。

二、被告土地改良区は前記内谷地々区の換地計画を昭和三四年三月一二日土地改良法第五二条第三項所定の会議の議決を経て定めたところ、右計画は同月三一日岩手県知事の認可を得て同年四月二四日その旨の公告がなされた。

三、被告土地改良区は右換地計画を定めるに当り、原告の一時利用地に指定されていた本件土地を、被告小野寺に対する換地として定め、前記手続によりこれを同被告に対する換地として交付したところ、右換地処分には次に述べるような重大且つ明白な瑕疵があるから当然無効である。即ち(一)右処分は本件土地につき一時利用地指定による使用収益権を有する原告の承諾を得ないでなされたものであるが、土地改良法第五一条に基く一時利用地の指定はその指定を受けた者に対し従前地に対すると同一の条件でこれを使用収益する権限を与える効力を有するものであるから、土地改良区がいつたんその指定をした以上、当該土地をその指定を受けた者以外の者に対する換地とするには必ず当該一時利用権利者の承諾を要するものと解すべきである。(二)右換地計画においては原告の従前地のうち花泉町字中田二二番の二の一及び同二が全く無視され、これらの土地に照応する換地が定められていない。右土地は昭和一九年一二月一九日原告が当時の夏川沿岸耕地整理組合から買受けて所有権を取得したものであつて、その旨の登記こそ経由していなかつたが、被告土地改良区も原告に対する一時利用地指定処分の際にはこれを原告の従前地として取扱つたのである。而も行政庁の行政処分については、民法第一七七条の適用はないと解されるから、被告土地改良区としては、右土地につき原告の登記が欠けていることを理由として、これに照応する土地を与えないことは許されない筋合である。かように原告の従前地を一方的に無視してなされた本件換地処分は、違法無効である。

そこで原告は被告土地改良区との間において右換地処分の無効確認を求める。

四、被告土地改良区はその後昭和三四年一〇月一〇日盛岡地方法務局涌津出張所受付第一〇七〇号により本件土地につき被告小野寺のため右換地処分の登記を経由したものであるが、右処分は前述の如く無効であるので被告小野寺に対し右登記の抹消登記手続を求める。

次ぎに、被告小野寺は本件土地につき前記換地処分による所有権を有すると称してこれに対する原告の一時利用権を無視して昭和三四年五月頃からこれが耕作を始め、同年及び昭和三五年においてそれぞれ三等粳玄米約二石二斗の収穫を得た。同被告は昭和三四年中同年の右収穫物を売却して生産者売渡価格金二一、三七三円を得たところ、その生産費は坪当り三〇円、合計金七、〇二〇円と見積るのが相当であるが、これには被告小野寺の本件土地の使用開始前に原告において施した肥料及び田打の費用合計金二、五〇〇円が含まれているから、これを右生産費から差引いて純利益を計算すると、結局同被告が同年中に本件土地の使用によつて受けた利益は、金一六、八五三円となり、次に昭和三五年においては同年中の右収穫を売却して生産者売渡価格金二一、四六一円を得たところ、これから同様の計算による生産費金七、〇二〇円を差引いて純利益を計算すると金一四、四四一円となる。ところが前記換地処分が無効である以上、同被告は本件土地の耕作につきなんらの権原を有しなかつたものであるから、同被告は法律上の原因なくして原告が一時利用権を有する本件土地より右利益合計三一、二九四円を得原告に同額の損失を与えたものとして原告に対し右の不当利得金を返還すべき義務がある。よつて原告は被告小野寺に対し本件土地の耕作による右不当利得金三一、二九四円及び内金一六、八五三円については訴状送達の日の翌日である昭和三五年一月二一日から、爾余の金員については同被告がこれを利得した後であることの明らかな昭和三六年一月一日から夫々完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による利息の支払を求める。

(証拠省略)

被告ら訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

原告主張一、二の事実及び三のうち被告土地改良区が原告主張の換地計画において本件土地を被告小野寺に対する換地として定めたこと、その際原告の承諾を得なかつたこと、原告に対する一時利用地の指定に当つては原告主張の花泉町字中田二二番の二の一及び同二の土地を原告の従前地に含めて右指定をなしたが、右換地計画においては右土地を原告の従前地と認めずこれに対する換地を定めなかつたことは何れもこれを認め、その余の三の事実は争う。原告が前記一時利用地の指定により本件土地につき有していた権利は、あくまで換地計画に対する知事の認可の公告があるまでの仮のものであるから、原告に対し一時利用地として指定した土地を他の者に対する換地とする場合でも原告の承諾を要しないものである。被告土地改良区が原告に対し右二筆の従前地の換地を交付しなかつたのは次のような理由がある。すなわち、被告土地改良区は一時利用地指定処分の際は原告の主張に基いて前記字中田二二番の二の一及び同二なる土地が実在し、かつ原告の所有に属するかの如く考え、右土地をも原告の従前地に加えたうえ原告に対する一時利用地の指定をなしたのであるが、後日調査の結果右は全くの誤りでかかる土地は実在せず、ただ右同所二二番の二田九畝二五歩(現況用水路)は実在するがこれとて宮城県の所有に属することが判明したので、換地計画に当つてはこれを原告の従前地から除外したのである。なお前記二二番の二の土地については、その他一三筆の宮城県所有地と合せて花泉町字中田八五、排水路三反四畝二〇歩として同県に換地を交付したものである。従つて被告土地改良区の換地処分には何らの瑕疵なく、原告の被告土地改良区に対する請求は失当である。原告主張四の事実中本件土地につき原告主張のような登記を経由したこと、被告小野寺が本件土地を昭和三四年五月頃から耕作して収益を収めていることを夫々認め、その余の事実は争う。本件換地処分はなんらの瑕疵もなく、したがつてまた被告小野寺は本件土地に対しその従前地同様の適法な所有者としてこれを使用収益しているものであるから原告の同被告に対する右各請求は失当である。

(証拠省略)

理由

第一、職権をもつて原告が被告土地改良区に対する本件換地処分無効確認の訴につきはたして確認の利益を有するか否かを判断する。

この点に関する原告の主張はその弁論の全趣旨からすると、次の二点に帰するものと解される。

すなわち、被告土地改良区は原告所有の従前地のうち花泉町字中田二二番の二の一及び同番の二の二なる二筆の田につきその一時利用地として本件土地を指定してこれを原告の従前地として取扱いながら、換地処分の際には右各土地が原告の従前地たることを無視して違法にこれに対する換地を交付しなかつたから、原告は今なおその交付を求め得るところ、一般に土地改良事業施行中従前地に代わるものとして指定される一時利用地は換地処分にあたつては当然これを被指定者に対する換地とすべきであるから、被告土地改良区は本件土地を右二筆の従前地の換地として原告に交付すべきものであることを前提に、同被告が被告小野寺に対してなした本件土地の換地処分は右土地に対する以上の原告の権利または地位を害するものとしてその無効の確認を求める趣旨であるか、または、いまだ換地のない右従前地の一時利用地たる本件土地はその換地未了の故に今なお右指定に基く原告の使用収益権が及ぶものであることを前提に、本件換地処分はかかる原告の権利を害するものとしてその無効の確認を求める趣旨であると解される。

そこでまず前者について考えると、土地改良法第五一条により一時利用地の指定を受けた者は右指定に伴い当然に当該土地を換地として交付さるべきことを請求する権利を有し、または右土地につきかかる特別の法律上の利益を認められるものであるか否かについては、同法にはこの点を明らかにした規定はないが、がんらい前記規定の趣旨は、同法が一方において土地改良区に対し土地改良事業施行の必要上右事業が完了するまでの間事業施行地区内の組合員の農地の使用収益権を奪うことを許したのに対応して、かかる場合には土地改良区は必らずこれに代わる農地を組合員に与うべき旨を定めて、その間においても組合員の耕作の業務の中断することを防ぎ、もつて右事業の遂行を容易にしようとしたに過ぎず毫もこれを換地の予定地とする趣旨を含むものでないことから考えると、一時利用地の指定を受けた者は土地改良事業の工事が完了して換地処分がその効力を生じるまでの間仮に当該土地を使用収益する権利を有するにとどまり、一時利用地たるの故をもつて当然に当該土地を換地として交付することを求める権利を有し、またはこれにつきかかる特別の法律上の利益を認められるものではないと解すべきである。

次に後者の主張につき考えると、一般に土地改良区が換地計画を定めるにあたつて土地改良法第五三条の二等によらないで違法に組合員の有する従前地の一部につきこれに対する換地を定めなかつた場合には右従前地権利者は同法第五二条第八項の公告後でも、その換地の交付を受けるまでは右従前地に代わるものとして指定された一時利用地の使用収益権を失わないかどうかは換地計画において換地を定められなかつた従前地の権利が換地計画の認可公告後は消滅する旨を定めた同法第五四条第一項とも関聯させて考察すべき問題である。思うに、同条の規定は土地改良区が組合員の有する従前地につき誤つてこれを当該組合員の権利に属さないものとしてこれに対する換地を交付しなかつた場合にはその適用がなく、かかる従前地権利者の権利は右規定にかかわらず前記公告後も消滅しないものと解し得る余地があるけれども、かく解してかかる場合に従前地の権利が右公告後に存続することを認め得るとしても、これにつき指定された一時利用地の使用収益権のみは同法第五一条第四項により消滅するものと解すべきである。けだし、同項の規定はすべての一時利用地指定処分の効力を右公告までの期限付とし、同一の土地改良事業に関して指定された一時利用地の利用関係は悉く当該換地計画の認可公告により終了せしめる趣旨であると解さねばならないからである。

よつて以上のいずれの主張によつても原告が右訴につき確認の利益を有することを認め得ないから、右訴はこれを不適法として却下すべきである。

第二、次に被告小野寺に対する請求の当否につき判断する。原告はまず被告土地改良区が本件土地を被告小野寺所有の従前地に対する換地とした処分が無効であることを前提として、同被告に対し右土地につきなされた換地処分による登記の抹消登記手続を求めるものであるところ、仮に右処分が無効のため前記登記が抹消せらるべきものであるとしても、その故に直ちに原告においてこれが抹消登記手続を求め得るわけではなく、原告が右請求をなし得るためには現に本件土地につきかかる登記請求権を生ぜしむるに足る所有権その他不動産登記法第一条所定の実体的権利を有しなければならないこというまでもない。しかるに、この点については、原告はなんらの主張をせず前記の本件土地を換地として交付することを求める権利または本件土地に対する一時利用権なるものはいずれもそれ自体前示のいずれの権利にも該当しないばかりでなく、本件において原告がかかる権利を有することはいずれもこれを認め得ないこと前述のとおりであるから、被告小野寺に対する右請求は前記換地処分登記の効力の有無を判断するまでもなく失当である。

次に原告は同被告が法律上の原因なくして昭和三四年五月以降本件土地を耕作収穫して利益を収めもつて右土地につき前記理由により同月以降も引続き一時利用権を有する原告に損失を及ぼした旨主張し、これを前提として同被告に対し不当利得の返還を求めるものであるが、本件において本件土地を含めて土地改良法第五二条第八項による関係換地計画に対する認可の公告がなされたのは昭和三四年四月二四日であることは原告の自ら主張するところであつて、これによれば原告の本件土地に対する一時利用権は前段説明のとおり同法第五一条第四項により右公告後の昭和三四年五月以降は消滅したものであるから原告の右主張はそれ自体採用に値いしないものである。

そうすると、原告の被告小野寺に対する右請求もまた失当であつて、結局原告の被告小野寺に対する右各請求はいずれも棄却すべきものである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤貢 中原恒雄 金田育三)

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